端午の節句!柏餅に意味が込められているってホント?

息子がもうすぐ中学生になります。小学校生活も後残り僅かになりますが、12年という月日は今になればあっという間です。

5月生まれの息子は、端午の節句と誕生日が近くて親戚にもよく柏餅をいただくことがありました。桜餅は塩漬けの桜の葉が苦手だと言う息子も、柏餅は大好き。特にお気に入りは味噌あんの柏餅ですが、関西の人にはあまり馴染みがないようなんですよね。

でも、柏餅って柏の葉で包まれているんでしょう?端午の節句と柏の葉、そして柏餅。何か大事な意味があるような気がします。

端午の節句に柏餅を食べる意味とは何か、調べてみましたよ。

スポンサーリンク



端午の節句の由来とは?

まずは、端午の節句がいつから日本でおこなわれるようになったのかと言うと、中国から日本に端午の節句が入ってきたのが奈良時代と言われています。当時は、季節の変わり目の体調を崩しやすい時期に、病気や厄災を避ける意味で菖蒲酒を飲んだり薬草を摘んだりしたのが始まりでした。

急に熱くなるこの時期には、病気にかかり亡くなってしまう人も多かったため、薬草や粽(ちまき)を食べて栄養を付けたと言われています。

江戸時代になると、5月5日は将軍の重要な式日となります。次第に将軍家に男の子が生まれるとお祝いをするようになった変遷の中で、一般庶民の間にも端午の節句には男の子の誕生と成長を祝う日となっていきました。

端午の節句に柏餅を食べるようになった由来

中国から日本に端午の節句の行事が入ってきたのと一緒に、その日に粽(ちまき)を食べる風習も伝わりました。しかし、端午の節句に柏餅を食べる風習は、日本独自のものと言われているんです。

柏餅が書物に初めて登場したのは江戸時代初期でしたが、なぜ柏の葉に餅を包んだあのスタイルになったのでしょう?

実は、江戸時代の風俗について書した「世事百談」には、江戸時代より前にも柏餅として食べられていたものは、柏の葉に包まれた餅ではなく日本全国に分布していた植物「サルトリイバラ」の葉であったことが記されています。

しかし、江戸時代になり端午の節句に大量に柏餅を作るようになった大都会江戸では、どうにもサルトリイバラの葉が足りなくなります。そこで代用品とされたのが柏の葉だったんです。

しかし、地方から参勤交代で江戸に来た者には柏の葉があまり評判が良くなかったため、江戸の商人たちが「柏の葉はこんなに縁起が良いものなんだ」という宣伝をしたんです。

一体、商人はどんな縁起担ぎをして宣伝をしたのでしょうか?

スポンサーリンク



柏餅に込められた意味とは?

柏は古来より神聖な木であるとされていました。というのも、祭事の神様へのお供え物を柏の葉に盛っていたことから、神聖視され神職の家紋にも使われていました。


そして、商人たちは、柏の葉は次の新芽が芽吹くまで古い葉を落とさないことから、「子供が生まれるまで親が生きていられるように」「家系が途絶えない」という「子孫繁栄」の意味を持つ葉であると宣伝したんですね。

枯れてもなお家系を守り繁栄させたい、という武家の気持ちをわしづかみにしました。柏の葉は神聖なもので子孫繁栄の象徴である、とされたため今日の柏餅を食べる風習となって残っているんですね。

また、柏の葉には芳香作用と抗菌作用があります。この正体は、植物の「フィトンチッド」で、森の中で清々しい爽快感を感じる元とも言われている物質です。江戸時代の天然の防腐剤とされ、食べ物を長持ちさせる知恵としても柏の葉は重宝されていたんですね。

まとめ

確かに、柏の葉からはほんのりといい香りがしますよね。柏餅を口に入れた時に、柏の葉の香りと餅と甘い餡の風味が口に広がって幸せな気持ちになります。

そういえば、神社で手の平を音を立てて打ち合わせて「柏手を打つ」作法も、柏という字が入っていますよね。柏の葉の形が手の形に似ていたことにも由来するとも言われているんですよ。

今まで、ただ何となく端午の節句に柏餅を食べていたのですが、こうやって意味が分かるとありがたく柏餅をいただかなくては、と思います。毎年の端午の節句には、子供が成長できたことに感謝して美味しく柏餅を食べたいですね。

スポンサーリンク

お気軽にコメントをどうぞ♪